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日本大学馬術部
〒252-0813
神奈川県藤沢市亀井野
840
日本大学馬術部合宿所
TEL:0466-81-0288
FAX:0466-81-8885 nuet@msj.biglobe.ne.jp



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歴史

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  昭和51年〜昭和60年頃 旭が昇り黄金時代
部の状況 昭和52年藤沢の施設は、大改築され、すばらしい合宿所、厩舎、馬場が新築された。
昭和40年代に再建され、王者への足固めが出来て、いよいよ黄金時代を迎えることになった。
破竹の連勝記録を作ったり、個人的に優秀な選手が続出され、植田選手のオリンピック出場から、部員達の意識の中にオリンピックも大変身近な事に感じるイメージが芽生えてきた。昭和52年には施設も立派なものを与えられ、部員達もすばらしい合宿所とすばらしい馬場、また優れた馬匹で、充分なるトレーニングができるようになった。厩舎は19頭、治療所、装蹄所を完備、後藤監督、鬼頭コーチ、福田調教師と指導陣も充実し、学生馬術界の王者に君臨した時代である。
昭和40年代には夜明けを迎えた馬術部の旭が天高く昇った時代である。個人成績、団体成績共に、優勝回数も枚挙にいとまがない時代である。
活躍された選手 南本好郎、宮崎栄喜、亀井和博、黒田武司、嶋田佳華、西川妙子、萩原幹夫、原正行、上野明秀、田中秀俊、古賀未徳、福田耕夫、法理勝弘、諸岡慶、諸岡畄美子、石上一成、伊村直也、工藤信夫、藤井芳美、諸岡徹、山本俊哉、上田修二、内山信幸、坂本直枝、河村邦代、小島不二宜、小美濃英華、小宮裕子、原直昭、沖崎誠一郎、辻政信、河村敏明、君島進、深瀬晶子、吉岡孝之、河北浩峰、坂本浩治、坂本信子、鶴島みゆき、鶴林秀幸、黒澤智子、中村茂、東山弘一、浜名邦宏、大竹博、後藤浩二朗、菊池敬子、小山香、高橋尚裕、中村公子、藤原健、東博巳、伊藤圭三、大島宏、腰山修三、田島佳樹、塚本親治、西川隆哉、山下俊彦、山中康宏、大久保武将、柘榴浩樹
特記事項 第10回ソウルアジア大会に、本学から下記の役員選手が参加、全選手メダルを獲得す。
監督/後藤博志
助監督/鈴木瑞美子(昭和49年〜昭和52年、平成10年〜現在)
総務/冨士川満男
選手/宮崎栄喜、後藤浩二朗
装蹄/諸岡慶
昭和55年 100勝記念祝賀会を帝国ホテルにて開催。
繋養馬匹も20数頭に増えて来た。
部長・監督 部長/桑原志郁夫(昭和39年〜昭和58年 )、佐久間勇次(昭和58年〜平成6年 )
監督/後藤博志(昭和40年〜現在 )
コーチ/冨士川満男【ヘッドコーチ】(昭和58年〜平成8年)、鬼頭弘一(昭和40年〜昭和52年)、植田元(昭和47年〜平成13年)、中村公子(昭和59年〜昭和61年)、黒沼道子【旧姓大木】(昭和50年〜昭和58年) 、後藤浩二朗(昭和59年〜平成5年)、諸岡慶(昭和53年〜平成8年)

  昭和61年〜平成5年
部の状況 昭和50年代後半から、アマスポーツの感覚も大きく変わって来た時代である。部員達の気質も少しずつ変化して、自家用車の利用者が多くなって来た。馬術部も常勝日本大学として学生馬術界に君臨する事が当たり前の時代となり、馬術部の施設のすばらしさに驚くこともなく、部員達の心から感動が薄れ、王座を守るのに苦労する時代となった。
時代の変遷と共に作業も動力を導入し、少しでも無駄を省き、エネルギーをトレーニングに向けるという、スポーツトレーニングの方法なども変化して来た時代である。
平成5年には遂に団体優勝200勝を達成した。オリンピック出場選手も5名を数える日本一の部にまで発展したのである。
活躍された選手 岩谷一裕、田嶋弘幸、柴田浩征、安藤浩之、杉本隆雄、今井千香子、石田英治、伊藤史人、吉岡明裕、浅沼菜穂美、杉本修子、兪在泓、白井亨、吉永健司、中野正幸、塚田由佳、岡部久仁子、小菅慶子、桑原千砂、小島協子、加藤有大、上妻和道、細野茂之、山内恒樹、吉田駿、群明子、柴田一直、大塚哲郎、宮野将徳、宮下誓夫、吉橋昌理世、賀村研、石井秀紀、荒川博、篠原真一、望月秀紀、鈴木高和、水町友香、小島亜矢、斎藤卓哉

【馬匹】
メジロサンゴ号、アイスターキング号、チェス号、桜慶V号、メジロフィアット号などを筆頭に20数頭。
特記事項 (1) 宮崎栄喜、岩谷一裕、渡辺弘、ソウルオリンピック代表となった。
(2) バルセロナオリンピック大会代表に下記役員、選手が参加し、日本馬術史上初の団体7位入賞を果たす。
総監督/後藤博志
コーチ/冨士川満男
選手/宮崎栄喜、後藤浩二朗、岩谷一裕
(3) 創部以来、遂に200勝を突破、後藤監督の偉大な功績を称える。
(4) 後藤監督、現役監督を通算して200勝を達成。
部長・監督 部長/佐久間勇次(昭和58年〜平成6年 )
監督/後藤博志(昭和40年〜現在 )
コーチ/冨士川満男【ヘッドコーチ】(昭和58年〜平成8年)、植田元(昭和47年〜平成13年)、中村公子(昭和59年〜昭和61年)、後藤浩二朗(昭和59年〜平成5年)、諸岡慶(昭和53年〜平成8年)

  平成6年〜平成15年
部の状況 時の名も平成に変わり我が部も時代と共に変化を遂げる。平成5年を境に全日本三種目総合優勝からは遠ざかりライバル校から遅れをとってしまったかんがある。そんな苦境の中だが、学生寮の改築、なお一層の立派な施設を授かる。馬場の日大としての新たな地位を確立し、優勝回数は280を数え、前人未踏の団体優勝300が近づき時代の節目が予感させられる状況である。全日本三種目総合優勝、奮起を図って部員の精進は続く。
活躍された選手 向後栄治、坂本美紀、清水友昭、鈴木剛信、古川範行、野口佳槻、奈良崎和孝、村田真利奈、安藤寛、音道隆一、山下大輔、宮沢佐和子、後上多恵子、小川登美夫、稗田竜馬、石井輝、片岡杏子、斎藤卓哉、下坂奈央、児玉聖光、柏原知佳、間宮幸子、宇佐美結生、井上遙、福永菜摘、中島悠介、鶴林秀貴、永嶋恵

【馬匹】
ロジカルソング、桜銀、桜秀、桜冠、モディリアーニ、オニジムドゥモン、桜山、スキポールを筆頭に10数頭
特記事項 岩谷一裕 アトランタオリンピック代表選手
細野茂之(現コーチ) アトランタオリンピック、シドニーオリンピック代表選手
平成15年、創部以来の300勝。後藤監督の力は衰えを知らない。
部長・監督 部長/石井賢冶(平成6年〜平成12年 )、酒井健夫(平成12年〜現在)
副部長/荒川泰行(平成12年〜現在)
監督/後藤博志(昭和40〜平成15年)
助監督/鈴木瑞美子(昭和49年〜昭和52年、平成10年〜現在)
コーチ/冨士川満男【ヘッドコーチ】(昭和58年〜平成8年)、植田元(昭和47年〜平成13年)、諸岡慶(昭和53年〜平成8年) 、柏原法泉(平成6年〜現在)、村田真利奈(平成13年〜平成14年)、細野茂之(平成15年〜現在)

  平成16年〜現在
部の状況 諸岡監督を監督に迎え4年目になる。
馬の入れ替え。日大を代表する名馬たちの離厩によって戦力低迷の危機に遭遇したが,諸岡監督はじめ多くのOB有志により,即戦力となる新しい馬たちが入厩した。部員は新しいパートナーと共に全日本三種総合優勝を狙う。
馬場の改装。本馬場,水濠,厩舎と円馬場の間,ピアノバンケットが新しくなった。
周囲の状況。一昔までは森に囲まれていた馬術部も,今では四方を住宅に囲まれるようになた。
施設の整備。大小ふたつの道具小屋と障害置き場の建て替え。駐車場の整備。蹄洗所の増設。さらにトラクターが新しくなった。
今年は丸馬場に屋根を取り付ける予定である。
活躍された選手 中島悠介、岩崎浩明、為貝幸央、大友和哉、北村美緒、樫木俊、森田祥平
特記事項 細野茂之(現コーチ)ドーハ アジア大会代表選手。(為貝幸央が専属グルームを務める。)
部長・監督 部長・監督/諸岡 慶(平成15〜現在),酒井健夫(平成12年〜現在)
副部長/若松俊雄(平成19年〜現在)
助監督/鈴木瑞美子(平成10年〜現在)
コーチ/細野茂之(平成15年〜現在)、岩谷一裕(平成15年〜現在)
アシスタントコーチ 高田康司(平成19年〜現在)



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